プラウデストレジデンスのスタッフブログ
センチュリー21プラウデストレジデンスのスタッフが交替で日記を書いてます。
尼崎市・杭瀬の地名由来について
営業の佐藤です。

本日は、尼崎市のある場所の地名の由来について、書かせて頂きたいと思います。

杭瀬という場所があります。

私共が、新築現場を預からせて頂いております「ル・ワン杭瀬北」

その杭瀬という文字が入っているのですが、

(ル・ワン杭瀬北の詳細に関しましては、今福1丁目の12区画現場のブログを御参照願います)

杭瀬とは<杭の立っている瀬>の事です。

<瀬>とは、川や海の<浅い所>(ですから、今も浅瀬(あさせ)と言います)ですが、

尼崎の南部は、その昔、海だったんですね。で、そこの<浅い所>という意味です。

恐らく、猪名川(旧)を始めととする瀬戸内海に流れ込む河川が、砂や石を流し、

それが流れの関係で堆積し、浅くなったところが、今の杭瀬あたりと考えられます。

そこに、渡河の都合等で<杭を打った>ので、<杭瀬>になったと言われています。

太古の昔の尼崎は、現在の尼崎市全域を指すのではなく、この海辺(当時)辺りの現在の尼崎市南部を

指す場合が多かったようです。ちなみに、尼崎城は、尼崎市の南の端(除く埋立地)、現在の阪神・尼崎駅辺りに

ありました(城跡があります)。

尼崎城.


その先の漁師町が、築地です。東京も、魚市場がある所は、築地です。

防波堤を<築いた>ので、築地です。お城の大手門に出入りする橋(堀がありました)が、<五合橋>で、

現在の<五合橋線(正式名称:県道142号線)>のという名の由来はそこから来ています。

つまり、昔は、城下町のメイン・ストリートと、その延長線上の伊丹方面へ続く街道だった訳です。

その五合橋線の東側にある<東難波>の現場に私共は、週末を中心に待機しております。

一度、尼崎の歴史と風土に触れるうんちくを聞きながら、新築現場を御覧になられるのはいかがでしょうか?

お越しをお待ちしております。

尼崎市の不動産は、プラウド不動産販売まで、お問い合わせ下さい。
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